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2013年 11月 14日

夏の名残

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石の隙間に咲いているホトトギス

さらに寒くなりましたね。

毎朝の散歩道には、まだ暑かったころの草花が残っています。

朝顔はさすがに枯れてしまっていますが、昼顔って丈夫なんですね。

例の紫のきれいな昼顔はすっかり引っこ抜かれてしまいましたが、しぶとく根っこが残っているようです。小さな花が咲きました。
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こちらは、二階建ての屋根の上までツルが伸び、まだ沢山の花が咲いているのです。
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枯れるまでこのままかも知れません。

人もこのくらいしぶとく生きないといけないのかも知れませんね〜。あははは。




さて、今日は昼間仕事のお客様でした。

その方Nさんは、ベン・シャーンというアメリカの画家の本を書こうとしているのですが、それに関して取材をしたいということで来られました。

取材はサクサク終了し、お茶を飲みながらお話を伺いました。

なぜ、こんな話になったかと言うと、ベン・シャーンの描いたリルケの小説「マルテの手記」につけた添画22点の中のひとつ、『多くの都市を』という作品が、広島市にあるご実家の隣の建物だ、と言う事からでした。

それは原爆でグニャグニャに歪んだ骨組みだけになった建物を線描きした作品でした。

Nさんの83歳のお母様は15歳の時、広島で原爆にあわれたそうです。

あの爆心地から600メートルしか離れていなかった家にいて、なんと、助かったという話でした。
ま、だからNさんがいるのですが、、、。

600メートルって、ほぼ爆心地なのでは?と耳を疑ったのですが、、。

あの時の熱線と爆風は爆心地から2キロメートル以内にあったほとんどの建物を破壊、焼きつくしたということです。

Nさんはつい最近になって、ようやく広島の実家に帰った時、お母様が逃げた道を辿ってみて、なるほどと思ったそうです。
激しい炎から巧みに逃れ、川へ避難したルートだったそうです。

お母様は、もちろん爆発による放射能での急性症状はあったということですが、その後運良く何の後遺症もなく今もお元気だそうです。
本当にそういう方は少ないのでしょうね。っていうかいないんじゃないでしょうか。

生命力が強い方なのでしょうね。

そう、ベン・シャーンは1954年、ビキニ環礁で行われた米水爆実験の死の灰を浴びて被爆した第五福竜丸の絵本をアーサー・ビナードの詩とともに描いています。

「ここが家だ」
(この本、前に紹介しましたね、確か。これ。


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うちのお嬢さん



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by fran0923 | 2013-11-14 22:13 | 生活


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