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カテゴリ:旅( 14 )


2011年 05月 10日

市場

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愛媛の実家近くには大きな産直の市場があります。

そこには海産物や野菜、果物、花、植木の類が山のようにあふれかえっています。
特に、土、日の種類の多さにはただ驚くばかりです。

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私の大好きな矢車草。何と一束100円前後です。

今回、
狙っていたのはズガニだったのですが、土、日の早朝にしか出ていないことが判明。
これはいわゆる上海蟹と同じ種類なのですが、足に毛が生えていて、田舎の川で捕れる蟹です。

「藻クズガニ」が正しい名前のようです。

カニはあまり大きくはないので、包丁でバッサリ半分に断ち割って、炊き込みご飯にすると最高なんです!!


残念ながら、日程が合わず、買えませんでした。

そのかわり、花を買いました。
本当に、これでもか、というくらいの花の多さで、しかも安いときています。

これを見ると、誰も家で作ろうとは思わなくなるかも知れませんね。
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楽しい野菜もありました。
です。
中はグリーンなのですが、莢がインゲン豆のように紫と緑の混在迷彩模様です。

美しいです。

これも炊き込みご飯にすると、豆が少しづつ、赤みを帯びて来て、お赤飯のようになります。

全般に、とにかく作った人の名前がわかることと、新鮮なこと、そしてめちゃめちゃ安い!!のが最高だと思います。

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by fran0923 | 2011-05-10 13:22 |
2011年 02月 22日

ネパールトレッキング

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続きです。
さて、ネパールへは並大抵のことでは行けませんでした。まず当時完成したばかりの関空から出発したのですが、もうそこでトラブルです。
ネパール唯一の航空会社(実は2機しかない)、ロイヤルネパール航空の飛行機が来ません。
なぜって、「ちょっと整備に時間がかかってるから」と言って、3日も待たせられました。
私たちその間関空から出ちゃいけないんですよ。
どうしたと思います?
関空のホテルのプールで泳いでました。ネパールにある温泉に入るからということで、水着を持っていました。そうでもしなくちゃ時間をつぶせないという情けないスタートでした。
で、3日目に出発しました。これが又、すごくて、多分日本の航空機を下取りしたのではないかと思われる、(絶対そう!)かなりいってる感じのものでした。って座席に付いてるテーブルね、あれが水平にならないんですよ。  シートはぼろぼろだし、、、。

それなのに、ワインが来た、それをドボドボ注ぐのは良いけれど、とにかくグラス(紙コップ)を持ってなきゃいけないわで、どうやって食事をすれば良いの???
整備に時間がかかる訳ですよね。

あちらの乗務員は、一応サービスの時は民族衣装を着るのですが、サービスが終わると一番後ろの席に座って、3人(しか居なかった)で、ベチャクチャず〜っとおしゃべりしていましたね。
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トレッキングは最高でした。
50年前の日本の農村、と言えばわかりやすいかもしれません。
動物はそこら中にうろうろしているし、そこに子供達が一緒にうろうろ。
確か11月でしたが、花も沢山咲いてました。
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山の上に長ーい段々畑があり、懐かしいような風景でした。
馬、というかロバですね。首にカウベル(ホースベルか?)付けている写真がありました。
デジカメ、その頃まだ高くて買えませんでした。

いろいろと感じたことは沢山ありましたが、先進国の我々から見て、貧しく見える人々が本当はそんなに貧しく思っていないし、ゆっくりと時間が過ぎていて、うらやましく感じた、というのが本当のところかな、、、。

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by fran0923 | 2011-02-22 13:28 |
2011年 02月 21日

いろいろありまして

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昨日は法事があり、お寺へ行ってきました。
二十七回忌です。
もうそこに並ぶ人もたったの5人。兄弟と、息子。
あと1回、三十三回忌をすればもう五十回忌まで法事はないそうです。

歳取るはずですよね。あはは。
2月は寒いので、亡くなる人も多いらしく、いつも法事の日時を決めるのに苦労します。
少し出遅れたので、朝10時からになってしまいました。
ご住職のすばらしい読経の声を聞きながら、うっとりしていましたが、終わってもお昼には早すぎて、仕方ないので、坂を下りてレンガ建ての喫茶店で時間をつぶしました。

そんなこんなで、更新が滞っていました。
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ふと、ベランダのプランターを見ると、昨年友人からもらった、わずか1㎝ほどの シクラメンの苗が枯れずに育っています。
この間まで、土に埋もれそうになっていたのに、少し茎が伸びているような気さえします。
無事に育ってほしいと祈るばかりのあまりにも小さな苗です。

さて、そのベランダのある部屋は私の寝室になっているのですが、飾り棚を見て、思い出しました。
10年以上も前のことになってしまいましたが、ヒマラヤトレッキング、といってネパールの山岳地帯へ行ったことがありました。
8000メートル級の地球の屋根、と言われるアンナプルナを中心としたヒマラヤの山々を見る為に1週間以上もテクテク歩いて、ようやく標高3000メートルの場所に着き、日の出を見ました。

それは、言葉では表現できないほどの美しさで、ただボーッと、太陽が山の稜線を金色に染めながら、空へと昇って行くのを眺めているだけでした。
何かそのとき感じたのは、「自然って、とてつもなく大きくって、人間ってほんとにちっぽけなんだ!」と、そういう場面に遭遇した人全員がそう言いますよね。でも本当に、陳腐な言葉なのに、うん!そのとおり!って、そう思うんですよ。

氷点下の息苦しい(酸素が少ないのでね)山頂で(その山の名は忘れました)、頭がとっても寒かったことだけ、よっく覚えています。

そんなところでも、私たちのようにテクテクと歩いて登って来る、商人がいるのには驚きでした。
(まあ、あきれた、ともいえます。でもお土産が買えたので、ありがたいともいえますね。)

どこのどの村に行っても、我々のような登山客目当てに、いろいろな手作りの毛糸で編んだ手袋や、ヤクの毛で織った織物や、トルコ石などの原石、銀細工のアクセサリーなど、一日見ていても見飽きないほどの土産物屋がありました。

そんななかで、道でよくすれ違った羊や馬の首には必ずカウベル(牛はいないのだけど)がついていて、とてもチャーミングでした。
偶然手に入れたので、、。
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あ〜、この話終わらない。つづく。
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by fran0923 | 2011-02-21 13:38 |
2011年 02月 05日

蜜柑

瀬戸内海近辺で育ったせいか、蜜柑が好きだ。
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子供の頃、毎年暮れになると、宇和島の叔父から蜜柑が届いた。

当時蜜柑箱と言えば木の箱で、父が釘抜きを使ってそれを開けるのが待ち遠しかった。
びっしり並んだ蜜柑を食べているうち、最後の方に青カビが生えてしまっている蜜柑が出て来たりしたものだ。

一度、叔父の四一(しいち)の祝いがあり、(41歳の厄払いに親戚を招いてご馳走を振る舞う愛媛独特の行事)宇和島まで行ったことがある。
今では珍しい、蒸気機関車に乗って、、、。
トンネルの度に窓を閉めなくてはならず、忙しかった。

島から行くには、遠いところ、というイメージがあったが、行ってみると段々畑になっていて、いいところだった。

従兄妹達が学校へ行っている間、のんきに一人で裏の小さな小川で遊んでいた。なにか川底に見えたものが、ドジョウかオタマジャクシのような気がして、手ですくったら、手足の生えた赤い腹のイモリだった。怖くて思わず手を離し、逃げ出した。イモリを見たのはそれが初めてだった。
なんだか、断片的な思い出しかないが、のんびりした宇和島弁と、やさしかった叔父のことが懐かしい。

結婚して今の東京に住むようになり、イモリに似て腹が赤くない小さな爬虫類が家の壁によく張り付いている。これはヤモリ。

島にはそういった生き物があまりいなくて、何も知らない子供だった気がする。
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昨日、宇和島の従兄弟から伊予柑とポンカンが届いた。レモンも入っている。嬉しい。
やはり蜜柑は宇和島が一番だと思う。

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by fran0923 | 2011-02-05 22:52 |